鳥羽商船同窓会ホームページ

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「会員の投稿」ページの投稿方法が2018年10月より変更となりました。

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2019年06月21日(金) S43年卒 同期会

「還暦同窓会」からあっという間に10年が経ち、
「古稀の同窓会」を令和元年6月1日「青春の故郷 鳥羽」で開催した。

入学時の同期生は、航機合わせて88名であった。同期会の案内ハガキを出せたのは、住所の分かっていた64名、その内2名は住所が変わり不達であった。(同期生の誰もが消息を知らない住所不明者10名、物故者12名)結局出席者は23名であった。還暦同窓会の約半分の人数である。

 

専攻科卒業から49年誰もが平等にそれなりに年を取った。近況を報告し合い暫らくすると鮮明に記憶が甦る。

風呂上がりに浴衣姿で廊下を歩いてくるのは、褌姿で歩いていた相撲部の小松君か昔のままである。開け放した部屋から聞こえてくる特徴ある笑い声は、司かな。

寮の夕食の飯がまずい、こんな御飯食べられないと言った良家育ちの服部君。
消灯の時間に鳥羽発東京行き夜行列車の汽笛が聞こえてくる、あれに乗れば東京に帰れるのにと言って毛布をかぶり二段ベッドに潜り込んだ小甲君、・・・・・・・・・・みんな昔のままである。

不思議と思いだすのは楽しかったこと、面白かったこと、ポジティブな思い出ばかりである。年を取ると、昔は良かったあの頃は楽しかったと思うのは、自分の人生は楽しかった良い人生だったと思いたいからだろうか?

宴会が終わりそれぞれの部屋に戻り肩振り(船員用語で雑談)眠りについたのは0時を過ぎていた。

昔の古い友人に会うのは良いものだ、次回開催は喜寿かな・・・・・・・・・・。

 

 

追記

これからは、同期会案内のハガキが届いたら開催場所をしっかりと確認して下さい。開催場所が「天界」や「天上の楽園」等の場合、小生多忙です、ほかに外せない予定があります、今回は欠席しますと返事してください。

それでは、お会いできなかった同期生の皆さんもお元気でまたお会いしましょう。

 

世宮・三井(鶴口)

2019年06月07日(金) S48卒 同期会

今年の3月頃、同期の江尻君から仙台在住の伊藤君が皆に会いたいと言っている。
鳥羽で総会があるので、前日に同期会をやらないかと連絡を受けた。
本人はメールが苦手なので小生に頼んできた。
当初は16名参加予定であったが、主役の伊藤君が検査入院で参加できなくなり、他の5名も病気や急な私用ができ参加できなくなった。しかし、山形在住で仙台に単身赴任している大澤君が愛車で遥々来てくれたのは、良かった。55歳から5年ごとに同期会をやっているが、このようなミニ同期会はその合間でやりだしている。現役引退で時間余裕ができた人、現役を続けながら都合をつけて参加してくれた人と事情は様々であるが、楽しいひと時を過ごせたのは全員同じ気持ちと思う。古希までにもう一回はやってみたいと思っています。
6月1日旅館【萬栄】JR三瀬谷駅前にて。
参加者 鹿野、水野、村木、横井(以上デッキ)
    内山、江尻(奥様同伴)、大澤、神子、久米、西村
    (以上エンジン)敬称略

2019年04月26日(金) 「GRACE POSEIDON」航海記

皆様にはお変わりないことと存じます。
今回は「
GRACE POSEIDON」と言う船の航海記です、穏やかな良い航海でした。
マカッサルのホテルから送信しています。

お知り合いで海や船に興味がある方に閲覧して頂ければ幸いです。

*海や船を多くの人に好きになってもらいたいと思って配信しています。よろしくお願いします。

「GRACE POSEIDON」航海記

 

S35N 辻野 圏輔

2019年04月12日(金) S55N卒 同窓会

5回目の年男。

 

2019年1月12日、13日、S55N同期で、還暦祝いを兼ね、卒業以来10回目の定期同期会を実施した。我々の同期会は3年毎に関東、中部、関西で持ち回り制となっており、今回は中部が幹事。一緒に卒業できなかった者、卒業以来初参加の者、先に還暦を迎えた者もいるが、関東組6名、中部組7名、関西組8名、総勢21名の参加となった。

場所は知多半島河和駅から高速フェリーで約30分の篠島の南風荘。
(南風はH12守屋英孝氏の同級生の実家である。)

フェリーの船窓からは神島も見えるし、第2の故郷である鳥羽も覗える。料理は河豚を始め伊勢湾の豊富な海の幸を堪能した。

学生時代には60歳は老人だと思っていたし、当時の会社であれば定年は55才が普通だった。今は定年が伸びたと言え、還暦はやはり人生のターニングポイントで、そこから余生を全うするのだろうと考えていた。2017年には60歳以上の就業者数は1,328万人となり過去最高である。我々の時代は簡単には引退できない運命になっているようだ。

入学時は紅顔可憐だった美少年も、皆何処から見てもりっぱな爺になった。しかし学生時代の話に盛り上がると、いつまでたってもその顔は学生時代の若々しい顔とラップするから面白い。コンサート帰りに近鉄伊勢駅のホームで、偶然見た岡田奈々は清廉潔白な天使のようだったし、山口百恵の主演映画である「潮騒」は何度も見た。彼女たちは同い年だ。若い時の記憶はついこの間のようで、決して消えないのである。

入学時は第一次オイルショック、卒後時は第2次オイルショック。決して就職活動は順調とは言えなかったが、殆どが大なり小なり船員の道へ進むことができた。しかしその後の船社の淘汰はご存知の通り。殆どの同期生は転職組だ。現在の職種は水先人、船舶管理会社、海保、水上警察、港管理組合、港湾物流企業、変わり種では、建築会社の設計、ソフト開発、インテリアデザイナー等。

入学当時の夢は船員になる事、船長になる事。今の自分を想像した者は果たして何人いただろうか。現在も一人を除き皆現役、それぞれ人生の岐路に立っては昭和、平成の時代をしぶとく、逞しく、生き抜いて来たものばかり。転職組の話は非常に興味深く新鮮で面白い。 其れなりに60年生きてきた証でもあり、歴史で有る。

実は浩宮皇太子は同級生である。5月1日には年号が変わり新しい時代に入るが、さて5回目はどんな年になるのだろうか、米中貿易戦争の結果次第といったところだろうか。英国の迷走は何処へ行き着くのか。

息子として、夫として、父親として、会社人としてそれぞれ色々な立場を持っている。それなりに60年間の人生で残してきたもの有るか、これから家族や社会に残せるものは有るのか。

また3年後のみんなの元気な姿を見ることが楽しみで仕方ない。

最後の2名になるまでは継続することを誓い合った同期会であった。

 

投稿:S55N卒業 浅野 清

記:平成31年1月20日

2018年10月19日(金) 80期クラス会開催

いつもオリンピックイヤーそれも開会日合わせ集まっていたが、今回は2年後のオリンピックまで待てないという事で先の東京オリンピックの開会式の日にちに合わせ10月10日に集合しました。

昭和39年秋長期の海上実習を終え母校に帰った仲間で慰労の会を開いた。当時の日本社会は東京オリンピックの競技に熱狂しておりそのテーマ曲の歌詞・・・・「4年たったらまた会いましょう」にちなみ、4年ごとのオリンピック開催年に集まろうとの声が慰労会の席であがり、以降夏季オリンピック開催年毎に集い半世紀を超え継続している。

近年は現役をリタイアーした仲間も多く時間にも余裕が出てきたため4年にこだわらず2年ごとの集合となっている。また、会場も磯部、箱根、名古屋等で開催してみたが結局は鳥羽の地に落ち着いた。

今年の会場は前回同様懐かしい鳥羽港を見下ろすホテルとなった。会を重ねるごとに参加者が減るのは寂しいが、旧友との情報交換や学生時代の昔話しは楽しいもので、今回は12名の仲間が駆けつけ会を盛り上げてくれた。

翌日は有志でホテル近くの青峯山の古刹正福寺を訪れ59期生の戦没者慰霊碑を参拝し、雨上がりの境内を散策し帰路に着いた。

参加者  井上、上野、武部、田中(忠)、中村、

岩田、清水、藤間、富久田、濱口、原、水谷

会 場  鳥羽シーサイドホテル

開催日  平成30年10月10日

            幹事  岩田  記